なぜ世界のトップは「人生の後半戦」に巨万の富を投じるのか
テクノロジーで世界を変えた億万長者たちが今、最も力を注いでいるのは「不老長寿」のサイエンスです。
従来の医療(Medicine 2.0)は、病気になってから治すことを前提にしてきました。がんが見つかれば治療する、心臓病が起きれば手術する——いわば「モグラ叩き」のアプローチです。
それに対してピーター・アティア医師が著書『Outlive』で提唱するMedicine 3.0は、「病気になる20年以上前から、データに基づいて心身を最適化し続ける」という予防医療の戦略です。富と知識と時間を持つ彼らが、その最前線の実験台になっています。
彼らのルーティンを解剖すると、見えてくるものがあります。
ジェフ・ベゾス:8時間睡眠という「高利回り投資」
世界有数の企業を率いるベゾスが最優先にしているのは、意外にも「8時間睡眠」です。
「よく考えられる。エネルギーがある。気分がいい——8時間寝るだけで、これだけのことが手に入る」——2018年のワシントン経済クラブでの講演で、ベゾスはこう語っています。
さらに彼はこう続けます。「シニアエグゼクティブとして本当に求められていることは何か。それは少数の、質の高い意思決定をすることだ」。睡眠を削って長時間働くことは、意思決定の質を下げる「最悪の負債」だという考え方です。
知的負荷の高い会議は午前10時に設定し、午後5時以降は重要な意思決定をしない——ベゾスのスケジュール管理は、脳のパフォーマンスを最大化するための設計です。
これはMedicine 3.0の視点からも合理的です。睡眠中、脳は老廃物(アミロイドβなど)をリンパ系で洗浄します。この「脳の掃除」が十分に行われないと、認知機能の低下や将来的な神経変性疾患のリスクが高まることが示されています(Walker M., Why We Sleep, 2017)。
今日からできること
「何時間寝たか」だけでなく「何時に寝たか」も意識してみてください。睡眠には体内時計(サーカディアンリズム)との同調が重要で、毎日同じ時間に寝て同じ時間に起きることが、睡眠の質を高める最もシンプルな方法とされています。「何時が正解か」は個人の体質によって異なりますが、就寝・起床時間を一定に保つことは、今日から始められる最も効果的な習慣の一つです。また、睡眠研究者のマシュー・ウォーカー博士は、寝室の温度を約18℃前後に保つことが深い睡眠を促すと述べています(Walker M., Why We Sleep, 2017)。

ビル・ゲイツ:父を見送った経験が変えた、脳への向き合い方
ゲイツの父、ビル・ゲイツ・シニアは2020年に94歳でアルツハイマー病により亡くなりました。
「天才的で、愛情深い父が少しずつ消えていくのを見た。あれは残酷な経験だった」——ゲイツは自身のブログGatesNotesにそう書いています。
この経験がゲイツを動かしました。アルツハイマー研究に1億ドル以上を投じ、2025年には「60歳以上の定期健診にアルツハイマーの血液検査を組み込むべきだ」と公に訴えています(Fortune, 2025年11月)。
個人的な習慣としては、テニスを続けており、7時間の睡眠を意識するようになったことも語っています。「父の病気を通じて、睡眠不足がアルツハイマーのリスクを高めると知った」という言葉は、予防医療的な視点そのものです。
病気になってから対処するのではなく、リスクを事前に把握して行動する。ゲイツの姿勢は、個人の実践と社会への提言が重なった、Medicine 3.0の体現と言えるかもしれません。
今日からできること
認知機能の維持に最も効果があるとされているのは、実は「有酸素運動」です(Outlive, Attia, 2023)。高価なジムは不要で、少し息が弾む程度の早歩きを週150分——1日20〜30分程度——続けることが、現時点で最もエビデンスの揃ったアプローチの一つです。テニスでなくても、通勤時に一駅歩くだけでも始められます。

ジャック・ドーシー:細胞と感情を同時にコントロールする「静と動」
Twitterの共同創業者であるドーシーのルーティンは、その過激さで何度も話題になってきました。
毎朝の瞑想(ヴィパッサナー)は1〜2時間。「瞑想は私のルーティンの中で最も重要な実践だ」と語り、10日間の完全沈黙リトリートにも複数回参加しています。今この瞬間に意識を戻す訓練を、毎日続けています。
そして温冷交代浴。サウナ(約104℃)に15分入り、その後3分間の氷水浴——これを1日3回繰り返します。「サウナと冷水は、私の生活の中で最も大きなインパクトをもたらした実践だ」とドーシーはBen Greenfieldのポッドキャストで語っています。
食事は平日1日1食(夕食のみ)。「断食中、時間の流れが本当にゆっくりになる感覚があった」という言葉は印象的ですが、1日1食については栄養学者から「筋肉量の低下リスクがある」「摂食障害との境界が曖昧になりうる」という懸念も示されており、万人に推奨できるアプローチではありません。ドーシーの実践は、あくまで「一つの実験」として参照するのが適切だと思います。
今日からできること
ドーシーの実践の中で最も取り入れやすいのは「朝の数分間、画面を見ない時間を作ること」です。起床後すぐにスマートフォンを見ると、脳が即座に外からの情報処理に追われます。コーヒーを飲みながら窓の外を眺める5分間だけでも、「今この瞬間」に意識を置く練習になります。温冷交代については、シャワーの最後に30秒だけ冷水に切り替えるところから試してみるのが、現実的な一歩です。

ブライアン・ジョンソン:年間2億円で「全臓器を18歳に巻き戻す」男の実験
最も極端な例が、テック起業家のブライアン・ジョンソンです。
年間約200万ドル(約2億円以上)をかけ、30人の医師チームが彼の全身をモニタリングし続けます。毎朝5時起床、植物性食品中心の食事を1977カロリーに制限し、毎日計測された数値だけに基づいて生活のすべてを決める。「主観(自分の感覚)を一切信じない」というのが彼の哲学です。
その結果として報告されているのは、生物学的年齢を5.1年若返らせ、心臓機能が37歳相当、老化ペースが0.69(1年で277日分しか老化しない)というデータです(Blueprint公式, 2025)。
ただし重要な注意点があります。ジョンソンの結果は「n=1の実験」——被験者が本人1人だけです。エピジェネティクス時計は集団を対象に設計されたもので、個人の短期的な変化を追跡する精度については研究者の間でも議論があります(GeneEditing101, 2026)。その結果を額面通りに受け取るには、まだ慎重さが必要だと感じています。
今日からできること
ジョンソンの実践で最も再現性が高いのは「食後に10分歩くこと」です。食後の血糖値スパイクを抑える効果が複数の研究で確認されています。また「毎朝同じ時間に起きること」も、彼のルーティンの核心にある体内時計の安定につながります。2億円の実験から学べる本質は、案外シンプルです。

彼らの実践から私たちが学べること
ウェルネス最先端の知見は、彼らのような富裕層に開かれていることが多いと感じます。
ですが、こうして4人のルーティンを見ていると、私たちの日常にも取り入れられることは思いのほか多くあります。何より難しいのは、継続する意志かもしれません。
特別なプロトコルよりも、自分にとって身近なものを一つ選んで続けてみること——そこから始めてみるのが、一番の近道ではないでしょうか。
参照ソース
Bezos J. “On sleep and decision-making.” The Economic Club of Washington D.C., 2018.
Walker M. Why We Sleep: Unlocking the Power of Sleep and Dreams. Scribner, 2017.
Gates B. “The next phase of the Alzheimer’s fight.” GatesNotes, June 2025.
Eleanor Pringle. “Bill Gates believes Alzheimer’s blood tests should be part of routine medicals.” Fortune, November 10, 2025.
Dorsey J. Ben Greenfield Fitness Podcast. “Jack Dorsey on fasting, sauna, and meditation.” 2019.
Ready Practice. “Jack Dorsey Reveals His High-Performance Routine.” Clinical breakdown, 2021.
Bryan Johnson Blueprint official. “Protocol results.” blueprint.bryanjohnson.com, 2025.
GeneEditing101. “Bryan Johnson’s Blueprint Protocol: Cutting-Edge Science or Expensive Obsession?” February 2026.
Attia P. Outlive: The Science and Art of Longevity. Harmony Books, 2023.
