「最近、1年が本当に早い」
年末が近づくたびに、そう感じる方は多いのではないでしょうか。子どもの頃の夏休みはあんなに長く感じたのに、大人になった今、同じ時間がなぜこんなにも速く過ぎ去るのか。
これは、単なる気のせいではありません。
脳の中で、実際に何かが変わっています。そして最新の脳科学は、その「何か」をようやく可視化し始めています。
脳は「映画」を撮り続けている——でも、大人になるとカット数が減る
2025年9月、イギリスの学術誌『Communications Biology』に、興味深い研究が掲載されました。
バーミンガム大学のSelma Lugtmeijer率いる研究チームが、18歳から88歳までの577人の脳をfMRI(機能的MRI)でスキャンしながら、8分間のアルフレッド・ヒッチコックの映像を見せた実験です。
結果は、明快でした。
若い脳は、映像を見ながら「神経状態(neural state)」——脳が記録する一つひとつの「シーン」——をより頻繁に切り替えていました。一方、年齢が上がるほど、一つの神経状態に留まる時間が長くなり、切り替えの回数が減っていったのです。
わかりやすく言えば、こういうことです。
若い脳は、映画のように細かくカットを刻んでいます。大人の脳は、同じ映像をより少ないカット数で処理しています。コマ数の少ない映像が速く感じるように、脳が記録する「場面の数」が減るほど、時間は短く感じられます。
研究者たちはこれを「加齢性神経脱分化(age-related neural dedifferentiation)」と呼びます。年を重ねるにつれ、脳の各部位の活動パターンが互いに似通ってきて、顔・物・風景などへの反応が「のっぺり」してくる現象です。記憶や知覚に最も関わる視覚野と前頭前野で、この変化が最も顕著に見られました。

「オートパイロット」が時間を消費する
ただし、これは脳の劣化というより、「効率化」の副作用でもあります。
脳は、慣れ親しんだ情報を処理するとき、エネルギーをほとんど使いません。毎日同じ道を歩き、同じ時間に同じことをしていると、脳は「これは知っている」と判断してスキップし始めます。ノイズをカットして、必要最低限のリソースだけで日常を回す——これが「オートパイロット」状態です。
問題は、スキップされた時間は、記憶に残らないという点にあります。
2025年にPsychology Todayで紹介された研究は、「高齢者は最近の出来事の記憶が少ないわけではなく、新しい情報を『別の記憶』として区別して取り込む速度が落ちている」と指摘しています。つまり、出来事を忘れているのではなく、最初から「別の記憶」として刻まれていないのです。
記憶されない時間は、体感として存在しない。 これが、大人の1年が「あっという間」に感じられる、もう一つの正体です。
スマートフォンが奪っている「今、ここ」
さらに、現代特有の問題があります。
スマートフォンを手にして以降、私たちは「今ここにいない」時間が劇的に増えました。電車の中、食事中、誰かと話しながら——画面の中の情報を処理しながら、目の前の現実をスキップしています。
脳にとって、スクロールで流れていく情報の洪水は、「新しい刺激」ではなく「予測可能なパターン」です。同じような画面が次々と流れるだけでは、脳は「これは記録に値する」と判断しません。
結果として、スマートフォンを眺めていた1時間は、記憶にほとんど残りません。
体感時間を縮めているのは、加齢だけではありません。私たちは自ら、その加速に手を貸しています。
脳の「コマ数」を取り戻す、2つのアプローチ
では、どうすれば時間の体感速度を遅らせられるのでしょうか。
脳科学の知見から導かれる答えは、シンプルです。「脳に、新しいものを見せる」こと。
① いつものルートを、1本だけ変えてみる
2024年にVRを使った実験では、高齢者が新しい環境に置かれると、時間の見積もりが改善されるという報告があります(earth.com, 2025年)。新しい刺激は、脳の「注意スイッチ」を入れ、記憶を豊かにします。
壮大な冒険は必要ありません。毎日のルートを1本変えるだけで、脳は「これは知らない」と反応し始めます。見知らぬ路地の看板、いつもと違う角度から見える空——それだけで、脳のカット数は増えていきます。
ノベルティ(新奇性)を与えると、海馬でドーパミンが放出され、記憶の定着が強まることも確認されています(Trends in Neuroscience, 2019)。脳にとっての「新しい1日」は、鮮明な記憶として積み上がり、体感時間を豊かにしていきます。
② 画面を置いて、30秒だけ目の前を見る
難しいことは何もいりません。ただ、画面から目を離して、今いる場所の景色・音・感触に意識を向けるだけです。
これは「マインドフルネス」という言葉で語られることが多いですが、脳科学的に言えば「感覚入力への注意を高め、神経状態の切り替えを促す」行為です。スキップされていた「今」を、脳に記録させる試みとも言えます。
30秒でいい。それを積み重ねるだけで、その日の記憶の密度は変わっていきます。
アインシュタインが証明した、時間の「歪み」
ここで、少し視点を変えてみたいと思います。
「時間が速く感じる」というのは、単なる主観の問題ではなく、実は物理的にも「時間は伸び縮みする」ということが証明されています。
アインシュタインの相対性理論が示したのは、時間は絶対的なものではなく、重力や速度によって実際に変化するということです。GPS衛星が地上より少し時間の進みが速いのも、この理論を実証しています。
「時計の針は、誰にとっても同じ速さで進む」——私たちはそう信じていますが、それは宇宙の真実ではありません。

宇宙に行かなくても、時間は体の中で歪む
そして今、最前線の長寿科学が注目しているのが、「体の内側でも時間は歪む」という視点です。
同じ年齢でも、細胞レベルで老化の速度が異なることは、生物学的年齢の研究が示しています。ミトコンドリア(細胞のエネルギー工場)の状態や、代謝の速さによって、細胞が「進む時間」は変わります。
2025年11月に発表されたレビュー(Journal of Genetics and Genomics)では、食事・腸内細菌・代謝産物が体内時計に影響を与える可能性が示唆されています。私たちの生活習慣が、細胞の「時間の流れ」に関わっているかもしれないという研究が、少しずつ積み上がってきています。
脳が感じる主観的な時間と、細胞が刻む生物学的な時間。
この2つの時間を意識することが、「細胞の時間を、私たちはコントロールできるのか?」という次の問いへとつながっていきます。
参照ソース



参照ソース
- Lugtmeijer S et al. “Age-related changes in neural state dynamics during naturalistic viewing.” Communications Biology, 2025年9月30日.(Cam-CAN project, 577名のfMRIデータ)
- “This Is Why It Feels Like Time Speeds Up as We Get Older” Vice / ZME Science, 2025年10月
- “Research suggests the feeling that time speeds up with age can be shaped by fewer temporal landmarks” Space Daily, 2025年5月(Psychology Today, 2025年の研究を含む)
- “Research using immersive VR shows novelty improves time estimation in older adults” earth.com, 2025年7月(元論文の査読状況は未確認)
- Murayama K et al. “Dopamine and novelty in the hippocampus.” Trends in Cognitive Sciences / Trends in Neuroscience, 2019
- Dong Y et al. “The circadian clock at the intersection of metabolism and aging.” Journal of Genetics and Genomics, 2025年11月
- West & Fraisse(2025); Matthews & Meck(2014)— 時間知覚の多因子モデル
