500年を生きるグリーンランドザメ——北極の深海が教えてくれる、「老いない」ための意図的な減速

私たち人間にとって、「老い」や「100年の寿命」は絶対的なルールのように思えます。でも、地球上にはそのルールを完全に無視して生きる存在がいます。

それが、北極海の冷たい深海に生息する「グリーンランドザメ(ニシオンデンザメ)」です。

2016年にScience誌に掲載された研究では、28頭のメスを調べた結果、平均寿命272〜512年、最も可能性が高いのは390年と推定されました(Nielsen et al., Science, 2016)※1。400年前といえば、日本でいうと江戸時代のはじまり——徳川家康の時代です。いずれにしても、脊椎動物の中で最長寿であることは間違いありません。

記事内画像出典:Wikimedia Commons「Somniosus microcephalus okeanos.jpg」by NOAA Okeanos Explorer Program(Public domain)

なぜこれほど長く生きられるのか

グリーンランドザメの生態は、あらゆる面で「ゆっくり」です。

体長は1年にわずか約1cmしか伸びない。成熟して子供が産めるようになるまで約150年かかる。泳ぐ速度は時速1km以下で、魚類の中で体のサイズに対して最も遅い部類に入ります(Watanabe et al., 2012)。

心拍数も極めて低く、12〜20回/分程度と推定されており、研究者によっては「12秒に1回」と報告しています(Physiological Society; Popular Science, 2017)。人間の安静時心拍数が60〜70回/分であることと比べると、圧倒的なスローペースです。

代謝率も同様に非常に低く、エネルギー消費は最低限に抑えられています(Ste-Marie et al., Scientific Reports, 2020)。

「老いない」というより「老いが極めて遅い」

よく「老いない生き物」として紹介されるグリーンランドザメですが、正確には少し違います。

2025年末にbioRxivに掲載された査読前の研究では、グリーンランドザメの心臓に広範な線維化と老化に伴う色素(リポフスチン)の蓄積が確認されており、「完全に衰えない」とは言えないことが示されています(bioRxiv, 2025)。

より正確に言えば、「老化の速度が他の脊椎動物と比べて極めて遅い」ということです。500年かけてゆっくりと老いていく——それがグリーンランドザメの実態です。

2024年には初めてゲノムが解析され、炎症を調節しDNA修復を助ける遺伝子が複数確認されました(Britannica, 2025; bioRxiv, 2025)。老化の遅さには、低代謝だけでなく、遺伝的な保護機能も関わっている可能性があります。

人間の老化研究への、静かな貢献

グリーンランドザメの研究は今、人間の老化科学とも少しずつ交差し始めています。

マンチェスター大学のEwan Camplisson博士課程研究者らは2024年、グリーンランドザメの心臓と筋肉の代謝を調べた研究を発表しました。「このサメの心臓を研究することで、人間の心血管の健康をより深く理解できるかもしれない」——加齢とともに増えていく心臓病への手がかりを、北極の深海に探しているのです(Society for Experimental Biology, 2024)。

2025年にはPNASに掲載された東京大学主導のゲノム解析が、さらに踏み込んだ発見を報告しています。グリーンランドザメは、ゲノムの安定性・免疫機能・ストレス耐性に関わる遺伝子が複数の経路で強化されており、「長寿は一つの遺伝子ではなく、複数の生物システムにわたる協調的な変化によって支えられている」と結論づけています。

ただし、研究者たちは慎重です。「グリーンランドザメが人間を400年生きさせる泉になることはない」——National Geographicの取材でそう明言した研究者もいます。サメと人間は進化的に距離が遠く、直接「サメの遺伝子を人間に応用する」という話ではありません。

むしろ目指しているのは、長寿動物に共通する「健康を長く保つ仕組み」のパターンを見つけること。ハダカデバネズミ、ホッキョクジラ、そしてグリーンランドザメ——それぞれが異なる進化の経路で「老化を遅らせる解決策」を持っており、その比較が人間の老化研究に新しい視点をもたらしつつあります。

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「代謝を上げよう」という時代への、静かな問いかけ

現代の健康ブームでは「代謝を上げて消費カロリーを増やそう」「活動的に動こう」という言葉があふれています。

一方で、生命の歴史を見ると、長寿をもたらすのはしばしば「低代謝(スローリビング)」です。代謝が活発であるということは、細胞内で活性酸素(酸化ストレスの原因)を多く生み出し、ミトコンドリアやDNAへのダメージが蓄積しやすいということでもあります。

グリーンランドザメが「長寿=高代謝」という直感に疑問符を投げかけているのは確かです。ただし「代謝を下げれば長生きできる」という単純な結論も正しくありません。人間にとって適切な運動と代謝の維持は、心臓病や認知症のリスク低下と深く結びついています。大切なのは、「全力で代謝を上げ続けること」と「意識的に休む時間を作ること」のバランスなのかもしれません。

※これはグリーンランドザメではなく、イメージです。

人間が「グリーンランドザメの生き方」から学べること

流石に、私たちが北極の深海に潜って体温を0度まで下げることはできません。しかし、人間の体の仕組みの中にも、彼らの「超スローライフ」に通じるスイッチが隠されています。

睡眠中の「低代謝モード」を大切にする
人間の体も、深い睡眠中は心拍数・体温・代謝が自然に下がります。この時間が細胞の修復と脳の掃除(老廃物の除去)に使われることは、すでに確認されています。眠りの質を深めるための一つの工夫として、「寝室を少し涼しく保つ」ことが挙げられます。体温をわずかに下げることで深い睡眠が促されることが確認されており(Scientific Reports, 2024)、グリーンランドザメほどのスケールではありませんが、「体を少し冷やして、ゆっくり休ませる」という方向性は共通しています。

「休む時間」を意図的に作る
断食・瞑想・デジタルデトックス——これらはすべて、体と脳を「低稼働モード」に切り替える試みとも言えます。常にフル稼働し続けることが、必ずしも長寿につながるわけではない。グリーンランドザメはそのことを、500年という時間をかけて体現しています。

彼らが、500年という時間を生きる意味

グリーンランドザメが500年近く生きるのは、「長生きしたかったから」ではありません。北極の極寒・深海という環境で生き残るために代謝を極限まで落とした結果として、長寿が「副産物」として生まれた。そして成熟に150年かかる生き物が種として存続するためには、一頭一頭がとにかく長く生き続けて繁殖の機会を積み重ねる必要があった。長寿は目的ではなく、結果だったのです。

以前の記事で、時間は相対的であるという話にも触れましたが、心拍数が12〜20回/分しかない生き物にとって「500年という時間の重さ」は、私たちが想像する長さとは全く違っているのかもしれません。彼らにとっての時間の体感が、私たちより長いのか短いのか知る術はありません。

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急がず、休みながら、深海をひたすら泳ぎ続ける——その生き方は、「もっと速く、もっと活動的に」という現代のペースとは対極にあります。常に全力疾走するだけが生命の正解ではない、ということを、この静かな生き物は教えてくれています。

参照ソース

Nielsen J et al. “Eye lens radiocarbon reveals centuries of longevity in the Greenland shark (Somniosus microcephalus).” Science, 2016. DOI: 10.1126/science.aaf1703

Live Science. “First whole-genome sequence of a Greenland shark holds clues to their extreme longevity.” 2026年(400年推定への懐疑的見解を含む)

Britannica. “How Old Is the Oldest Living Greenland Shark?” Updated 2025.(2024年ゲノム解析・炎症調節・DNA修復遺伝子の確認)

bioRxiv (2025). “Resilience to cardiac aging in Greenland shark Somniosus microcephalus.” DOI: 10.64898/2025.12.20.695706(心臓の線維化・リポフスチン蓄積を確認)

Ste-Marie E et al. “A first look at the metabolic rate of Greenland sharks in the Canadian Arctic.” Scientific Reports, 2020. DOI: 10.1038/s41598-020-76371-0

The Physiological Society. “Shark Diary, Episode II: Meet the team.” 2019.(心拍数12〜20回/分の推定)

Popular Science. “Why scientists are racing to uncover the Greenland shark’s secrets.” 2017.(心臓が12秒に1回拍動という報告)

Watanabe YY, Lydersen C, Fisk AT, Kovacs KM. “The slowest fish: Swim speed and tail-beat frequency of Greenland sharks.” Journal of Experimental Marine Biology and Ecology, 2012. DOI: 10.1016/j.jembe.2012.04.021

Society for Experimental Biology Annual Conference, Prague, 2024. Camplisson E et al. “Discovering new anti-aging secrets from the world’s longest-living vertebrate.”(EurekAlert!, 2024年7月3日)

Yang K et al. “The Greenland shark genome: insights into deep-sea ecology and lifespan extremes.” PNAS, 2025. DOI: 10.1101/2025.02.19.638963(東京大学主導のゲノム解析)

※1 この年齢推定については、一部の研究者から異論もあります。年齢推定に使われた核実験由来の放射性炭素が深海に届くまでの時間が長いため、実際の年齢は過大評価されている可能性があるという指摘があり、「少なくとも200年以上は確か」という立場の研究者もいます(Live Science, 2026)。

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この記事を書いた人

ウェルネス・ウェルビーイング専門メディアの編集者として、10年以上にわたり医師や専門家への取材・企画に携わる。

日々アップデートされる長寿科学(Longevity)の情報を、中立・客観的な視点で整理し、考察を深める。若さへの執着ではなく、自分らしく生き切るための「老化ハック」を探究中。

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